木之本興三がJリーグ解任・追われた理由は?なぜ川淵は辞めさせた?

今でも鮮明に記憶しているんですよ。Jリーグが開幕した時にしぼんでいた巨大風船が膨らみ、サッカーキングが出てきたあの映像を。

まだ小さかったのでハッキリとは記憶していませんが、周囲は異様に盛り上がっているけど一体何が起こっているのかわけもわからずただただ雰囲気に乗せられて楽しんでいた自分がいたのは覚えています。

1993年にJリーグが開幕し、すでに23年という長い月日が経過しました。リーグ自体のレベルも確実に向上し、世界のトップチームで活躍する選手も数多く登場してくるなどその成果は確実に上げてきています。

そんな中、Jリーグ開幕に尽力したとされる木之本興三氏が亡くなられたと報道がありました。

かなり激動の人生であることはご存知かもしれませんが、その中でもこれだけの功労者が“追われるように”Jリーグを去ったという部分に更に注目が集まっています。

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なぜ最大級の功労者がJリーグを追われたのか?

なぜ木之本さんはJリーグを去らなければならなかったのでしょうか。

ここには想像もできない意外な事実が隠されていました。

Jリーグ関係の会社からお金をもらう

木之本さんはJリーグで働いている期間に、以下のJリーグ関係の3社の社長を勤めています。

・ Jリーグ映像
・ Jリーグフォト
・ Jリーグエンタープライズ

しかし、社長業務を全うするというだけであれば素晴らしいことだったのですが6年の任期中に3社から総額1020万円、年間170万円を給与として受け取った事実が発覚するのです。

これを“発覚”と呼ぶのか、それとも“問題ないお金”と呼ぶのはもしかしたら見る人によっては違うのかもしれません。

ただ、ここではそれが正しいか正しくないかではなく、この事実があったから川淵サッカー協会最高顧問に“勝手に自分で自分に給料を払った。株主からの了承を得ておらず、不明朗だ”と言われたのです。

そしてこれがサッカー協会を解任・追われた理由なのです。

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しかし、木之本さん曰く
「役員の給与に関しては、それぞれの会社の取締役会および総会で承認をされていた。法的にやましいところはないし、株主に報告する義務もない。03年8月末、1020万円はそれぞれの会社に返した。」

そうなのです。

当時、木之本さんは病気が深刻で疲れ切った状態であり言い返す気力もなかったそうなのです。

なんといったらいいのでしょうか。
まさに言葉やお互いの意思疎通をすることは本当にに難しい。更に言い返すだけの気力も重要ということでしょうか。

まとめ

Jリーグ開幕の功労者がこの世を去り、また一つの時代が終わった感じは否めません。

人に歴史あり。というわけではありませんが、木之本さんとサッカー協会には何とも言い難い溝があったとは初めて知り、何だか複雑な気分にさせられました。

今となっては真実はわかりません、これだけは言えます。

木之本さんはサッカーに人生を捧げた偉大な人物であったということを。

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